知ったか

ひぐらし放送休止の話を聞いて、私は大きくため息をついた。

「斧を使って敵を殺していくアニメ」
流石の私もこれには失笑を禁じえない。




私は近代の物語には3つの重要な要素があると考える。
テーマ、ストーリー、キャラクターである。
昨今エロゲ業界などでよく聞く「キャラゲー」はまさに、
この3つのうち「キャラクター」にしか見るべきものがないゲームのことを
指すものであり、多くの場合キャラクター性だけでは非常に
薄っぺらい作品になるのである。
それに比べ、世でそこそこ高い評価を得ている鍵作品などは、
キャラクターが立っており、ストーリーも秀逸だが、何より内包している一つのテーマ性が
物語の味わいを深くしているのである。
Airでは依存する家族愛、Clannadでは独立する家族愛というテーマを持っている(らしい)。

では、ひぐらしシリーズ全般に渡り、批評家に「テーマ性がくどい」とまで言わしめるほど
しつこく繰り返し示されてきたテーマとは何か。
1.「短絡的に殺人に走った場合、良い結果は絶対に得られない」
2.「一人でどうしようもなくなった場合は、仲間に相談する」

内容に殺人の描写が含まれているからと言って、
必ずしも殺人を肯定するものではないのだ。
例をあげればドストエフスキーの「罪と罰」などがあるだろう。
あの作品だって物語の前半の斧で人の頭をかち割る描写や
そこに至るまでの経緯を記した描写が秀逸だと高い評価を得ているが、
物語のメインとなるのはむしろ後半の、
主人公が殺人の罪悪感に苛まれて苦悩する場面だろう。
「罪と罰」を見て、単純に殺人を肯定する物語だと断定する人はあまり多くない。
なぜならそこに潜むテーマ性が明らかだからである。

ひぐらしを「斧を使って敵を殺していくアニメ」という短絡的な評価しかしないマスコミを
私は元から嫌いだが、さらに嫌いになった。
所詮は外面しか見ず、中身を正当に評価しようとはしない奴らが、報道という立場で
民衆の知のソーシャルリーダーを気取っている現状に吐き気がする。
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by srtrkodama | 2007-09-26 02:55 | 徒然
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